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2016年11月

ご先祖様は 加賀百万石前田家

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 プロのギタリストが西日暮里工房にいらしてくださいました。Wikiにもバンド名とお名前がある方でした。
 聞くとお世話になった方に贈りたいとのこと、サイズがはっきりしないのでペンダントトップとしました。
 刀剣が好きで祖母の家には刀が何振りもあったといわれるから ご先祖様は?とお尋ねしたら 加賀は前田藩の直系だそうで、祖母がお嫁に来て東京に来られたとかで高田馬場にはお屋敷があったそうです。
 前田利家の息子、前田利長は高岡城を築き開町にあたり京都大阪から鋳物師や彫金師を招致し、以来400年も続く高岡の繁栄の基礎となっています。
  高岡城は開城5年目にして前田利長が亡くなり、一国一城もあって廃城となりました。現在は古城公園として皆に愛されています。
 前田家の人気はものすごかったようで、高岡の人口の半分が加賀に引っ越ししたため 引っ越し禁止令が出るほどでした。
 高岡の菩提寺には織田信長と豊臣秀吉の分骨のお墓があるほど前田家は秀吉に忠誠があり徳川を嫌ったと記憶していますが時代の流れから徳川家の領地に今でも前田家の家紋の加賀梅鉢を見ることが出来ます。
 400年経っても金沢と高岡の関係は変わらず、高岡の人間はどうも金沢の人達に頭が上がらない風がありまして 富山ナンバーの車が金沢の街を走ろうものならちょっと意地悪されることもあります。わたくし、高岡の人間は反骨精神で ふん、京都には頭が上がらないくせに なんて思っておりましたが 加賀の美術工芸品の洗練された様には口をつぐむしかありませんでした。
 さて 指輪が出来上がり これから仕事なので歌いに行ってきます と帰られました。
 余談ですが前田藩お抱えの後藤家(当時は彫金とは言わずに、金彫 かねほり )と言いました。)はエリート中のエリート、高岡城も城内に入るのを許された職人は金彫師だけでした。お正月には城内で唄と踊りを披露する習慣があったそうです。
 前田家も実は楽しいことがお好きで律儀なお家柄だったのかな、そんなことを想像しました。
 私のご先祖様もどんなにか前田家を慕っていたかと思います。江戸末期に突然京都から住まいを移し、私の父は神馬に蹄鉄を打つ職人だったと最近知りました。この世にあっては前田家も徳川家も庶民も子孫が入り混じって親しくできるから面白いと思っております。

今年のハロウィン

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 ハロウィンが過ぎればあっという間に銀座はクリスマスモードへ。
 イルミネーションがとてもキラキラ、お店もワクワクしていて楽しくなります。
 今年もレンタルアトリエスペースを利用してハロウィンの準備をしてくださったMさん、毎年ご利用をありがとうございます。ハロウィンはすっかり東京に根付いたようで、明るいうちは子供たちが可愛い仮装をして銀座を練り歩いてそれは微笑ましいです。
 Kさんは今年は川崎ハロウィンパレード、渋谷ハロウィンと活動の場を広げられたようです。驚いたことに川崎は20周年記念!仮装のレベルが全体的に非常に高かったそうです。Kさんn仮装は近年の仮装で最も不気味で、子供を泣かせるベスト10に入ったりと名誉あるものだったそうです。

 来年もぜひご利用くださいませ。

 お待ちいたしております!

 

 
 

小諸市の赤ちゃんへ

時々レンタルアトリエをご利用頂いているKさん、仕事帰りの金曜日の夜は疲れから作業台の上で眠っていらっしゃいました。起こして申し訳なかったけど夜の10時15分の長野行の夜行バスに危うく間に合わなくなるところでした。
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 製作されていたのはベビーリングです。これが本当に小さくて可愛らしかったです。
 リングが出来たけれどさて、贈るのに裸のままはどうも・・・さてどうする!?!?
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 なんとたまたま、生徒さんが お姑さん手作りのギフト用の巾着を持っていらっしゃいました。大切にされていたみたいですがここはお祝いの為に、Kさんに贈ることに。
 早く銀座を出ないと間に合わなくなってしまう!と撮影が慌てたものになってしまい・・・とっても繊細で綺麗な巾着でした。(私もほしいです 笑)
  指輪も巾着もとても喜んで頂けたようです。
  昨日はKさんがわざわざ西日暮里工房に来てくださいまして、巾着を下さった生徒さんにお礼のお菓子を・・・と置いて行かれました。
 明日金曜日のお稽古に持っていきます。
 Kさん、生徒さん、素敵な演出をありがとうございました!
 巾着さんもまさか岡山県から長野県小諸市に旅することになるなんて思わなかったことでしょう。

Jon M Ryan さんのポイント体験コース

 シカゴの口コミでJonさんがポイント体験コースの布目象嵌で来日でした。無論この講座の為に来日された訳ではなくて1か月ほどアジアをご旅行されてから京都奈良、金沢富山飛騨など色々ご旅行を楽しまれたようです。希望される日時の頃に私はマイコプラズマ肺炎を発症してしまいお断りしたのですが とても楽しみにしていた、と症状が治まるまで待って頂きました。
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 これはJonさんのアメリカでの作品です。アルミニウムで作品を作られています。色使いやデザインが美しいです。この青色のようにJonさんは静かで冷静な人でした。来年の今頃はイングランドからWayne Meeten が 来ますが性格があべこべで、どっちがアメリカ人でどっちがイギリス人だか分かりません。
 Jonさんはずっと静かに金属と向き合っていて 楽しいのか不安にさえなりましたが最後は楽しかったです、また日本に来ます、今度は線象嵌で と日本語で笑顔で韓国へと飛び立っていかれました。
 ありがたいことにJonさんがいらっしゃる間にコロンビア、ロサンゼルス、CAの3人が英語で話しかけてくださったのでJonさんも気持ちがほぐれたかもしれません。
 Jonさんは課題が仕上がりませんでしたがシカゴで仕上げられることと思います。
 
 今は布目象嵌用の鉄板が販売されていて安価に商品が売られています。大量生産するにあたって仕方がないのですけどね。
 
 江戸前の布目象嵌は色金に鏨で目切りしねぇとな。布目象嵌の真髄は布目切りにあるんでぃ。なんて。
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 Jonさん、線象嵌も地域性があって種類も様々ですよ。
 また来日される時を楽しみに待っています。
 今年はおたふくかぜ、インフルエンザ、マイコプラズマ肺炎と次々に罹り どれもそれぞれ辛かったです・・・・。
 
 
 

金属の歴史

 金属は火を自在に使えなければ何事も始まらないのですが 確かめようはないけれどヒトの自然火の利用が170年前から20万年前とされ、遺跡から12万年前に日常的に使われる(人為で火を熾す)ようになったのは間違いないようです。
 気が遠くなるような長い年月、私たちの祖先が誰一人欠けることなくあって今の私達があるのは感慨深いものがあります。
 金属との出会いは自然金が一番初めだったと思います。金は何にも侵されることが無く発見しやすい色をしているからです。
 紀元前9500年前に人類は自然銅を叩いて加工したようです。金工の方はご存知の通り不純物のない銅は大変柔らかいために装飾品として使われていました。
 紀元前6000年頃に人類は炭で高熱を得、紀元前5000年頃には銅の精錬が始まります。
 地味な色のために発見が遅れた錫。紀元前3500年頃に銅と3~15%の錫とを合金にすると非常に硬いブロンズへと変化するのを人は知り紀元前2500年にはブロンズは世界に広がり、紀元前1500年頃に中国へと伝わります。
 これは何を覚書して書いているかというと、人類の発明・進化というのは時代が下るにつれてどんんどんスパンが短くなってきているという事なのです。戦争が終わってまだ100年も経たない間に電化製品や車が生産され、ビデオに驚き原稿を書き直ししなくてもワープロで簡単に修正保存が出来 ポケットベルが生まれ持ち運びができる携帯電話は時を長く待たずに持ち運びが出来るパソコンのような存在になっていきました。これからもどんどん加速をあげていろいろなものが生み出されていく中で日本の伝統彫金が守られて伝えられていく事は何故なのだろうかとふと考えてしまいます。
 日本の彫金の歴史はやはり飛鳥時代からかと思います。法隆寺の天蓋に鏨の跡が見られます。
 古墳時代末期には鋳造品が輸入されており弥生時代には吾が国で鋳造がなされるようになりました。舶来品への憧れは模倣となり、中国の漢字の意味が分からないまま(おそらく記号のように)銅鏡に模した稚拙な漢字はなんとも微笑ましいものです。
 
 
 
 

ご結婚おめでとうございます

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 これからお式に出られるのか それとも挙式を終えられたのかはお尋ねしていません。美しい花嫁の姿ですね。

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 デートは海や山。山だと鉱石を見つけるのが好きだそうです。海ではたくさんの貝を拾って 内側に招待客様のお名前を入れてお席に置いたそうです。瞳の色が明るい花嫁様で話しているとヨーロッパの人と語らっているような気持になりました。

 海風に吹かれながら貝を見つけて拾い集めるお二人の姿が思い浮かびます。恋人らしい画ですね。ちょっぴり羨ましいです。

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 このお后様のようなドレスはなんと買われたのだそうです。ご主人様のお姿も素敵ですね。お二人が心を尽くしてご招待客の皆様に喜んでいただけるように工夫されていたお話も伺いました。 そうした相談をご主人様が聞き入れて動いてくださっている姿に私も動かされて指輪も素材選びからこだわったので他店では真似のできないものになったと思っています。ドレスもたっぷりと生地が使われていますが指輪もたっぷり金を使用しました。

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 ご結婚おめでとうございます!ロマンチックで笑顔いっぱいなお二人、いつまでもお幸せに!

 

 

 

 道具というのはほしい時に買っておかないと後々手に入らないことが多々あります。
 彫金家にとってなくてはならない鏨、1号サイズで10年前は100円でした。それが私が最近覚えているのでは150円になり、現在は250円だそうです。
 赤鏨の材料は刀鍛冶が使うようないい材料もあれば、なんだかいろいろ混ぜ合わせて形にしただけのような粗悪なものもあります。本当に良い鏨は今のうちに買われると良いと思います。
 とはいえ、古代の価値からすると鏨を250円で買えるのはやはりお安いようです。人を殺傷する能力や農耕能率を各段に上げる鋼は金と同等の時代がありました。
 鉄の歴史は世界から比べると日本は遥かに遅れて始まっています。
 人類が手にした金属はおそらく金に違いないでしょう。自然のままの状態でも金は色が金色で分かりやすいからです。
 エジプトのアイシャドウの原料、孔雀石が炭火の中に落ちて偶然に銅が生まれたというロマンがあったかはわかりませんが銅の精錬は紀元前5500年頃のペルシャで始まったとされています。これはまだ不純物が多く道具として使われるには錫との出会いを長らく待たなければなりませんでした。
 紀元前3000年頃には加工された鉄が現れますがこの時代はまだ隕鉄をたたいて伸ばしたものです。これはまだ装飾品としての域を出ないものでした。
 紀元前1700年と時代がかなり下ってから、メソポタミア地方のアナトリア高原 ヒッタイト民族が現れます。隕鉄ではなく、鉄鉱石から鉄を精錬しました。高度な精錬技術と知識が生み出したものでその技術を盗み出そうと各地からスパイも送られたことでしょう。鋼(はがね)が持つ武器の殺傷能力の高さは銅と錫の合金であるブロンズ以上のものでした。
 
 人類が金属を加工してから2500年の時を経て生まれた鉄はシルクロードを通りやっと5世紀になって日本へとたどり着くころには 青銅器時代も鉄器時代も同時に入ってくるほど鉄の文化は速いスピードであの長い道を駆け抜けていったのです。
 古墳時代末期には既に輸入された鉄器が発見されています。この仏教の伝来と共に入ってきた金属との出会いの前、数千年の間日本はどうだったかというと概ね平和で何世代も代わり映えのしない生活をしていたのも驚きです。
 もう一つの工房、西日暮里工房は貝塚が多くある所で ハマグリを主体とし、ヤマトシジミ、カキなどの貝類、アジ類、スズキ属などの魚骨、イノシシ・シカなどの獣骨など多様なメニューだったようですね。消費税、住民税、法人税、固定資産税 武器を輸入する際の関税も無く食費も無料ですから縄文時代は出産や病で(当時50代の高齢者の骨にガンが見つかった事例もあります)命を落とす以外は、豪族も庶民も呑気な毎日だったかもしれません。
 
 

ご結婚&ご出産おめでとうございます!

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 ちょうど去年の今頃にご結婚指輪をお渡ししたと思います。1年の早さにはとても驚きます。そして久しぶりにメールを頂戴したらなんと元気な男の子が今年誕生されたそうです。おめでとうございます!

 おひとりで、またはお二人でよく西日暮里工房にいらして打ち合わせなどしたものです。若さと美しさいっぱいのお二人。とても眩しかったです。しっかりしたお考えの花嫁さん。うちの子供を笑顔で接してくださった優しい花婿さん。ご主人になられる方は幸せになられることだろう、そして幸せなご家庭を築かれるとお見送りをしたのを覚えております。

 今は育児真っ最中ですね!

 おつくりした指輪はプラチナとホワイトゴールドの木目金にピンクゴールドが一筋入ったものです。優しい色合いの指輪でした。

 

 いつまでも仲良く楽しいご家庭でありますように。指輪を作らせていただきましてありがとうございます!

 

 

日本テレビ ヒルナンデス!

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 本日(11月2日)の日本テレビ ヒルナンデス!に、打ち出しの作品の画像が使われることになりました。複数枚送ったのでどれが採用になるかわかりませんが11時45分から始まるそうです。

 当社はスタッフのガラケーでテレビを見ながら仕事を致します。

 お時間のある方、是非ご覧になって下さいませ。

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