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2016年11月27日 (日)

ご先祖様は 加賀百万石前田家

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 プロのギタリストが西日暮里工房にいらしてくださいました。Wikiにもバンド名とお名前がある方でした。
 聞くとお世話になった方に贈りたいとのこと、サイズがはっきりしないのでペンダントトップとしました。
 刀剣が好きで祖母の家には刀が何振りもあったといわれるから ご先祖様は?とお尋ねしたら 加賀は前田藩の直系だそうで、祖母がお嫁に来て東京に来られたとかで高田馬場にはお屋敷があったそうです。
 前田利家の息子、前田利長は高岡城を築き開町にあたり京都大阪から鋳物師や彫金師を招致し、以来400年も続く高岡の繁栄の基礎となっています。
  高岡城は開城5年目にして前田利長が亡くなり、一国一城もあって廃城となりました。現在は古城公園として皆に愛されています。
 前田家の人気はものすごかったようで、高岡の人口の半分が加賀に引っ越ししたため 引っ越し禁止令が出るほどでした。
 高岡の菩提寺には織田信長と豊臣秀吉の分骨のお墓があるほど前田家は秀吉に忠誠があり徳川を嫌ったと記憶していますが時代の流れから徳川家の領地に今でも前田家の家紋の加賀梅鉢を見ることが出来ます。
 400年経っても金沢と高岡の関係は変わらず、高岡の人間はどうも金沢の人達に頭が上がらない風がありまして 富山ナンバーの車が金沢の街を走ろうものならちょっと意地悪されることもあります。わたくし、高岡の人間は反骨精神で ふん、京都には頭が上がらないくせに なんて思っておりましたが 加賀の美術工芸品の洗練された様には口をつぐむしかありませんでした。
 さて 指輪が出来上がり これから仕事なので歌いに行ってきます と帰られました。
 余談ですが前田藩お抱えの後藤家(当時は彫金とは言わずに、金彫 かねほり )と言いました。)はエリート中のエリート、高岡城も城内に入るのを許された職人は金彫師だけでした。お正月には城内で唄と踊りを披露する習慣があったそうです。
 前田家も実は楽しいことがお好きで律儀なお家柄だったのかな、そんなことを想像しました。
 私のご先祖様もどんなにか前田家を慕っていたかと思います。江戸末期に突然京都から住まいを移し、私の父は神馬に蹄鉄を打つ職人だったと最近知りました。この世にあっては前田家も徳川家も庶民も子孫が入り混じって親しくできるから面白いと思っております。

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