かくいるあむほーる

松に古今の色なく、竹に上下の節あり


 これは岡野園の岡野初美さんに教わった言葉です。
 
 時の流れや人との情は松が一年中緑であるように変わらないものだけれども、人間関係にも竹の上下の節のようにけじめがあるといった内容でした。

 せめてお教室が終わった後は 周りの方にもあいさつをなさってください。
 周りの方へ無言なのも驚きますが、桂先生に対して「おつかれさまでした」というのも驚きます。
 ありがとうございます だと思います。
 
 本日桂彫金塾です。
 

 
 
 


  
 

 
 
 

かくいるあむほーるやく の忘年会

 昨晩は東大宮の岡野園さんをお招きして、忘年会でした。今までに無い深いいいお話を岡野園さんからして頂き、一同深く深く感じ入ることとなりました。


 私が特に心に残ったのは 物にも格があり人格ならぬ物格があるのだということ。だから、そのときは何気なく食べ終わったアイスクリームのスプーンの置き場所を例に、このスプーンにも居心地のいい場所があるのでは、お茶道具も最初はお道具はまごまごしているようなのですが、使うにつれて自分は(茶杓)お茶をすくう役だと分かってきたり、お道具同士の相性があったり といった心が出てくるらしいのです。掘りたての陶器物よりも長い時代愛されてきた陶器のもののまろやかさの違いというか、物にも心があるって。
 
 なるほど。その昔日本は自然に添う形で生きてきました。暑ければ暑い、寒ければ寒いと あむ君言うに4季72候を心微細にして暮らしていたわけです。海外の方は力で持って自然を制してきており、土足で自宅に入るけれど、日本は自然にくっついて生きてきました。だから八百万の神々が肌で感じられるほどに日本人の感性も敏感だったし共に生きてこれた訳です。

 彫金の立場で言えば安かろうモノが良かろうを求めるお客も悪いと思うのです。貴重な真珠やエメラルドがゴロゴロ市場に出回るわけがありません。だから真珠は真珠層の薄いものをブリーチして色を染めて大量生産しているし、エメラルドなんて緑色の油をさしているのが大半だから、ぬるま湯で手を洗うだけで色がぼけますね。本当にいいものは理由があって希少価値が高くて、お値段も張るのです。
 ブランドだけで選ばないで欲しいです。

 といったように、お道具も箱書で買われるお客様もいれば、○○だから と売りつける道具屋さんもあるらしいです。ものづくりの大変さや、この方にはこのお道具が似合う といった販売を心がけている岡野さんには許しがたいことらしい。ということは かくいるあむほーるやく と岡野さんで戦いが始まるのでありますね。
 
 私は実はお茶の心得は殆どありません。だからお茶席は恐怖です。物凄く怒られた事は無いけれど、粗相をしたくないと思ってしまうのです。あと、着物も着ないといけないのだろうかなど。
 でも分からなくて当たり前だから、分からないなりに周りに気遣いながらお道具を見て触って楽しんで、お茶を通じての出会いを喜ぶお茶会として楽しめばいいのかなと 思いました。

 さてさて、毎晩大酒を飲む私が実はお酒を断ったというのをご存知の方は余りいるまい。
 お酒を飲まなくても場を楽しんで馬鹿騒ぎ出来る楽しみを知ってしまいました。
 その代わり昨日はアイスクリームを3個も食べた上に、おはぎなんて絶対食べないのに2つ買って(旦那さんに緑茶を煎れてもらい)甘いものが欲しくなるのでいかんなと思います。お酒をやめてから夫婦の会話は断然増えて長くなりました。

2017年4月
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